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M&Aはなぜ起こるのか その理由を探る

近年、M&Aが急増している。1985年に250件ほどであったM&A件数は2017年に3000件を越え、過去最高になった。大手コンサルティングファームEYの調査では、73%の主要な日本企業が1年以内のM&Aを検討していると答えており、これは他国の平均52%よりもかなり高い数字となっている。中小企業のM&Aも活発である。三戸政和氏の「サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい」が爆発的に売れていることもそれを物語っている。(先日M&Aセミナーに個人的に参加したが、大盛況で立ち見客までいた。)

今回は、M&Aがこれほど増加する要因を、かなり学術的なレベルで分析した。(はてなブログには相応しくなくかなりテクニカルなこと、お許しください。)またその理由を、普段我々が簡単にニュースとして触れやすいマクロの観点にしぼり、マクロの状態を理解していればM&Aが増えるかどうかを言えるようにした。

M&Aが起こる2つの理由 ~マクロの観点から~

M&Aが何によって起こるのかについて、マクロの観点で分析した学術論文では、二つの要因が指摘されている。産業要因と、株式市場要因だ。

産業要因とは、イノベーション規制緩和など、産業が大きく変化が発生した際に、M&Aが増加するというものである。

株式市場要因は、株式市場が上昇し、企業価値が割高になった際に、株式交換を利用したM&Aが増加する、というものである。

ただし、これらを日本にあてはめたものはほぼ存在せず、特に実証的な論文は無いと言って良い。今回は日本においてそれを解明している。

 

産業要因

はじめに、産業要因である。M&Aが増加している産業にはどのような特徴があるのだろうか。今回はM&Aが活発な産業の収益性と成長率に注目した。M&Aの伸びが高い産業は成長性、収益性が高いかどうかを調べたのである。

その結果、M&A活発な産業の収益性は低いものの、成長率は高いことがわかった。

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相関係数を計算した。データはレコフから。

つまり、

企業が成長している→M&Aが起こる

企業がもうかっている→M&Aとは無関係

が得られた。

この結果のインプリケーションは大きい。

しばしば新聞では、日本企業は金余りだからM&Aを行っていると主張される。しかし、現実には、M&Aは現在の収益率の影響は受けない。M&Aが増加しているのは、それだけ大きく成長している市場があるからなのだ。

この結果の理由について、経営学で用いられるプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントから分析を行った。

これも少しテクニカルになるので、興味がない方は読み飛ばしてください。

 

まず、企業は市場シェアと産業の成長率で以下の四つに分類される。

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A の企業は資金流入が大きく、資金流出も大きくなり、利益率が下がるが、市場シェアを 維持する投資を行い続ければ、後に市場の成長率が下がった際に Cになる事ができる。従って、必要な投資を維持しながら市場シェアを保ち、Cになるのを待つ。 Bの企業は資金流入が少ない一方で資金流出が大きくなっている。市場成長率は外生的なものであり、Bは Aを目指す以外の選択肢がない。従って、早急にAを目指す=市場シェアを拡大する戦略を取る。その有効な一つの手段として M&A が利用される。A を実現できると、市場シェアを維持すれば Cになることができる。 D を持つ企業は資金流入が少なく、資金流出も少なくなる。市場の成長率は外生的に決まるので、A,B は目指せず、撤退戦略をとる。 ここで、産業の成長性=市場成長率が高い企業は A,B に属 し、産業の成長性=市場成長率が低い企業は C,D に属する。A,B では、市場シェアの拡大戦略が重要になり、その際にM&Aが利用される。一方で、C、Dでは、市場シェアの拡大を目指さないので、M&A は起こらない。従って、A,B の企業=産業の成長性が高い企業で、 M&A 件数は大きくなるといえる。 収益性についても同様に、収益性の高いCはシェア拡大戦略としてのM&Aを行わない。

 

マーケット要因

改めて、このマーケット要因とは、マーケットが割高になった際に、株式交換を通じて行うM&Aが増える、ということである。そこでまず、株式交換がマーケット割高時の有効な手段となっているかを分析した。マーケットが割高かどうかはPERを利用し、株式交換を行うかどうかは株式交換の全体に占める割合を計算した。以下がグラフである。

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ご覧の通り、これらはほぼ同じ動きになっている。つまり、株式市場の上下で株式交換を利用するかどうかが大きく変わるということである。これは大きな発見である。ちなみに、これらについてVARモデルを作成し、予測誤差分散分解という処理を行った。その結果、確かに株式市場の割高性→株式交換の選択の関係は言えた。

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次に、株式市場の割高性とM&Aの件数を比べる。さきほどの結果から、株式市場の上昇は株式交換を利用したM&Aには+であることがわかったが、全体としてはどうだろうか、ということである。以下はPERとM&A件数のプロットである。

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見てわかる通り、全く相関がない。むしろ逆相関と言っても良い。実際、両者の相関係数は-0.69で、強い負の相関が確認された。これは、株式市場が割高になると、買収対象の企業も割高になるからであると推測される。また株式交換という手法が一般的でないことも理由の一つであろう。

 

まとめ

これまでの議論をまとめると、日本においては、M&Aの増加の要因として以下が言える。

・企業、産業の成長がM&Aに繋がる。

・株式市場の割安性がM&Aに繋がる。

(・企業、産業の利益率はM&Aに影響を与えない。

・株式市場の上昇はむしろマイナスである。)

 

この視点を持てば、例えば

・株式相場が下落しているから、A社がM&Aが行うのではないか

・A社の産業は成長率が高まっていて、A社のシェアは低いから、新しくM&Aを行うのではないか

といった仮説を立てることもできる。

 

今後上のような仮説が、投資や企業の中での意思決定を行う上での一つの参考になれば、筆者としてはうれしい限りである。