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話題のFTPLを簡単に説明します。

 先日、BSフジのプライムニュースに浜田内閣官房参与が出演していた。久しぶりのリフレ派の教祖の登場(浜田先生自身はインフレを政策の究極的目標としないという点でリフレ派と自分は違うと主張しておられるが、物価目標の重要さを説いたという意味で日本の経済学およびリフレ派に大きな影響を与えたのは事実であろう)に、経済学に関わりのある人であれば何らかの興味は持ったであろう。番組では、アベノミクスの成否も話し合われていたが、それよりもむしろ巷で話題のFTPL(いわゆるシムズ理論)が議論の中心となっていた。今回は、そもそもFTPLとは何なのか、すこし難しくなるが、できる限り簡単に説明しておこうと思う。

 そもそもFTPLとは日本語で「物価水準の財政理論」と呼ばれ、文字通り財政政策と物価水準の関係を理論的に説明したものであることはご存知の方も多いだろう。FTPL自体は昔から存在はしていたが、ノーベル経済学者のクリストファー・シムズが理論をさらに精緻化し、浜田先生が日本に持ち込んだことで、日本の経済学界、特にリフレ派の間では去年の終わりあたりから話題になっていた。今年に入るとシムズが政府で説明を行ったり、浜田先生がメディアで何度か発言するようになりいよいよ話題になっている。しかし、多くの注目を集める一方、その内容が複雑であるために、しばしば曲解されて使われる場面が多いのも事実である。例えば、FTPLは財政政策が物価に影響を与えることを示しているが、金融政策が効果がないということはまったく言っていない。もちろん、金融政策のみでマネーサプライや物価をコントロールするというマネタリズムとは矛盾する部分があるが、多くの先進諸国で金利がほぼゼロに張り付き金融政策の自由度が著しく損なわれている現状において、金融政策だけでなく財政政策でも物価をコントロールできるのではないか、という疑問が議論の出発点であるので、決して金融政策の重要性を放棄しているわけではない点は重要である。換言すれば、FTPLは金融政策と財政政策の両方を変数として含んだ理論であるといえる。

 では、具体的に内容をみていく。FTPLにおいて、もっとも基本的かつ重要な式がある。

民間部門が保有する国債残高/現在の物価=将来にわたる実質の財政余剰の割引現在価値

これは恒等式である。FTPLではこの式の証明のために、家計の予算制約式から出発し多くの式を導入しているが、導入過程はさておき、この式の意味を理解すればFTPLの九割は理解できているといえる。DCF法などに慣れている方であれば、感覚的に当たり前と思われる方も多いであろう。この式のわかりやすさはともかく、この恒等式はとても重要な示唆を与えている。恒久的な減税や財政支出を行えば右辺が減少し、それを調整する形で左辺の物価が増加する、という点である。ポイントは、恒久的なコミットメントに基づく財政の悪化が物価の上昇につながる、ということである。換言すれば、政府は将来的な財政規律のコミットメントを緩めることで、インフレを起こすことができることである。これを別の角度から誤解を恐れずより簡単ないい方に直せば、政府が財政規律に対しより無責任になることで、政府が発行する通貨の信用が低下し、価値が低下する=インフレが発生する、ということである。

 この理論のインプリケーションは実に多いが、改めて特筆しなければならないことは、現在の財政赤字は将来の増税や歳出削減でなく、将来のインフレによって賄われなければならないということである、もしも将来の増税や歳出削減の可能性があれば、インフレは発生しないともいえる。また、もう一つこのFTPLが示す新しい視点は、物価水準が財と貨幣の交換割合であるだけでなく、自国通貨建ての国債の財との交換も含めた割合として考えるべきであるというところである。(もちろん、現代貨幣論などはあるにはあったが、改めてしっかりと記述されたことは特筆すべきだと思う。)それはつまり、統合政府(政府+日銀)のバランスシートを見る重要性を示している。

 しかし、この理論には様々な前提がある。政府は恒久的に存在し絶対にデフォルトしないと仮定し恒等式を立てているし、長期の金利に対する考察もかけていると感じる。また実際に政府がこの理論を導入した場合、短期的には政府の債務が増加することは明らかであり、この理論通りにインフレが発生しなかった場合、状況はより深刻になるだけである。

 以上のようにFTPLは、貨幣のみに注目してきたマネタリズムや、公共投資による需要創出を重視してきたケインジアンの主張とも明らかに異なるものであることはご理解いただけたと思う。FTPLは、物価が税金、政府支出、中央銀行のオペレーションの組み合わせの結果であると考える。より複雑化した理論ではあるが、一面的な見方から脱し、より現実的に経済を記述する可能性を持った、新しい理論といえるのは、事実であろう。

 

 

より詳しく知りたい方は、以下を参照されたい。

https://www.kansascityfed.org/~/media/files/publicat/sympos/2016/econsymposium-sims-paper.pdf